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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)9128号 判決 1974年6月10日

原告 三井物産株式会社

被告 小川修平

主文

1  被告は、リキ観光開発株式会社から金七〇万七三三三円の支払を受けるのと引換えに、リキ観光開発株式会社に対し、別紙物件目録(一)記載の土地につき昭和三八年八月二日付売買を原因とする所有権移転登記手続をなし、かつ、原告に対し、右土地の引渡しをせよ。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、別紙物件目録(一)記載の土地につき、訴外リキ観光開発株式会社に対し、昭和三八年八月二日付売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

2  被告は、原告に対し、右土地の引渡しをせよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  この判決の第2項は仮に執行することができる。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録(一)記載の土地(以下、本件土地という。)は、もと被告の所有に属した。

2  被告は、昭和三八年八月二日、訴外リキ観光開発株式会社(本店・東京都渋谷区大和田町七六番地。以下リキ観光という。)に対し、本件土地を近隣のその他の所有地とともに代金合計金六一四万六〇四九円で売り渡した。

3  そして、リキ観光は、昭和四〇年四月一七日、本件土地を訴外吉見開発株式会社(昭和四〇年当時は、本店を東京都港区麻布狸穴四七番地に置き、商号をリキ観光株式会社と称したが、昭和四二年四月一三日現商号に変更した。以下、吉見開発という。)と訴外開成商事株式会社(以下、開成商事という。)に売り渡した。

4  さらに、開成商事は、昭和四二年三月二四日、吉見開発の承諾の下に本件土地を原告に売り渡した。

5  しかるに、被告は本件土地を占有している。

6  よつて、原告は、被告に対し、本件土地につき、開成商事および吉見開発に対して有する第4項記載の売買を原因とする所有権移転登記請求権に基づき、右両会社およびリキ観光が前記の各売買契約に基づいて順次その売主に対して有する所有権移転登記請求権を代位行使して、所有権移転登記手続をなすことを求めるとともに、本件土地所有権に基づき、本件土地の引渡しを求める。

一  請求原因に対する認否

請求原因第1、第2、第5項記載の各事実はいずれも認めるが、第3項記載の事実は否認し、第4項記載の事実は知らない。

三  抗弁

1(一)  リキ観光は、昭和三八年ごろ、神奈川県津久井郡相模湖町においてゴルフ場の建設を計画し、同年三月ごろから、ゴルフ場予定地の買収にとりかかつた。

(二)  被告は、原告主張の日時ごろ、リキ観光との間で、右ゴルフ場予定地内に所有していた本件土地を含む別紙物件目録(二)記載土地につき左記約定の売買契約を締結した。

(1)  売主・被告 買主・リキ観光

(2)  売買価額(以下、本件売買価額という。)

畑(登記簿上の地目が畑のもののほか、現況が畑のものをも含む。以下、畑という。)

一反当り 金五五万円

山林(登記簿上の地目が山林でかつ現況も山林のもの。以下、山林という。)

一反当り 金一九万五〇〇〇円

(3)  将来、買主がゴルフ場予定地内の他の土地を本件売買価額以上の価額で買収した場合には、本件売買価額を右価額まで増額する。

(4)  買主の土地購入資金の処理の必要から、税務対策上別紙物件目録(二)記載の土地の売買価額は、畑を一反当り金三万円、山林を一反当り金一万二〇〇〇円とするが、もし売主において本件売買価額を標準として所得税および地方税を納付した場合には、買主は、売主に対し右税務対策上の価額を標準として納付する場合との差額を売買代金の増額分として支払う。

(三)(1)  しかし、リキ観光は、その後事業の継続が困難となり、開成商事がリキ観光の一切の権利義務をリキ観光から重量的に承継した。

(2) 仮に右(1) の事実が認められないとしても、開成商事の代表取締役関川清一は、被告に対し、遅くとも昭和四三年一月二三日までに、リキ観光の債務全部を引き受ける旨約した。

(3) 仮に右(1) (2) の事実が認められないとしても、リキ観光は自己の計画したゴルフ場建設事業の遂行を開成商事に委ねたものであるから、リキ観光の義務の履行に関しては、開成商事の行為をリキ観光の行為と同視すべきであり、したがつて、開成商事の行為については、リキ観光も責任を負うものといわなければならない。

(四)  そして、リキ観光または開成商事は、前記ゴルフ場予定地として、訴外小仲次郎市から畑につき一反当りで本件売買価額より金八五万円高額の金一四〇万円、訴外山口藤次郎から山林につき一反当りで本件売買価額より金三七万五〇〇〇円高額の金五七万円の各売買価額で買い受ける旨の売買契約を締結した。

(五)  ところで、被告がリキ観光に売り渡した別紙物件目録(二)記載の土地は、畑が一町四反一畝一四歩、山林が一町三反七畝一九歩(注・この点は被告の計算違いと思われる。実際は、一町三反七畝二七歩である。)であるから、被告は、リキ観光および開成商事に対し、右第(二)項記載の約定によつて増額された売買代金の残金として畑については一反当り金八五万円の割合による総額金一二〇二万七五〇〇円、山林については一反当り金三七万五〇〇〇円の割合による総額金五一六万円の合計金一七一八万七五〇〇円の支払を求める権利を有する。

(六)  また、被告は、所得税および地方税を本件売買価額を標準として納付したが、前記税務対策上の価額を標準とした場合の税額との差額は、所得税が金九一万円地方税が金二七万円である。そして、被告は、開成商事から、右所得税の内金として、金六一万円の支払を受けた。よつて、被告は、リキ観光および開成商事に対し、その残金合計金五七万円の支払を求める権利を有する。

(七)  以上のとおりであるから、被告のリキ観光に対する本件土地所有権移転登記手続義務および原告に対する本件土地引渡義務と、リキ観光および開成商事の被告に対する右第(五)、第(六)項記載の合計金一七七五万七五〇〇円の支払義務とは同時履行の関係にあるから、被告は、リキ観光および開成商事が右義務を履行するまで、原告の本訴請求を拒絶する。

2(一)  さらに、原告は、昭和四四年春または同四五年初めごろ、関係地主に対し、リキ観光の本件ゴルフ場建設事業上の権利義務を原告が承継して右事業を継続する旨約した。

(二)  そして、原告は、昭和四五年中に、関係地主のうち登記簿上の地目が畑となつている土地の所有者に対し、仮登記に基づく本登記手続をなす「判こ代」という名目で一坪当り金一五〇〇円の割合による金銭の支払をした。

(三)  しかしながら、右のような高額の金銭の支払の実質は、売買代金の増額とみるのが相当であるところ、前記のように、原告は、リキ観光の義務を承継したのであるから、被告に対し、被告がリキ観光に売り渡した畑の合計一町四反一畝一四歩につき、一坪当り金一五〇〇円の割合による、総額金六三八万七五〇〇円の支払を求める権利を有する。

よつて、被告は、右金六三八万七五〇〇円の支払を受けるまで、原告の本訴請求を拒絶する。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁第1記載の各事実はいずれも知らない。なお、原告の本訴請求は被告・リキ観光間の本件土地売買契約に基づくものであるところ、仮に被告とリキ観光との間に被告主張の特約があつたとしても、右特約に基づく請求権は、右売買契約の内容に包含されない別個の契約に基づくものであるから、原告の本訴請求と被告の右特約上の請求権とは対価的意義を有しない。

2  抗弁第2記載の事実のうち、第(二)項記載の事実は認めるが、その余の事実は否認する。

五  再抗弁

1  被告は、昭和四二年二月六日、開成商事に対し、抗弁第1の第(二)項(3) (4) 記載の約定に基づく権利を放棄する旨の意思表示をした。

2  仮に抗弁第1の第(二)項(4) 記載の約定に基づく権利が認められるとしても、右約定は、脱税の目的をもつて真正な売買価額を下回る虚偽の売買契約を締結し、もし後に税務官庁により右虚偽が発見され、被告が真正な売買価額に基づいて税金を納付した場合には、リキ観光がこれを負担するとの趣旨であるから、脱税という違法・不正な行為に加担するもので、公序に反し無効である。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実はいずれも否認する。

第三証拠関係<省略>

理由

第一リキ観光が昭和三八年八月二日に被告から本件土地を買い受けたことは、当事者間に争いがなく、証人山口喜治、同関川清一の各証言および被告本人尋問の結果、成立に争いのない甲第一号証、第三号証の一ないし三、第四・第五号証、乙第一ないし第一八号証、第三一ないし第四一号証、原本の存在につき争いがなく、証人山口喜治の証言により成立の認められる乙第一九号証、右証言により原本の存在および成立の認められる乙第二六号証、被告本人尋問の結果により原本の存在および成立の認められる乙第三〇号証ならびに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

一  リキ観光は、神奈川県相模湖町周辺にゴルフ場を開設する計画を立て、昭和三八年ころから、専務取締役長谷川秀雄をゴルフ場予定地の買収計画の最高責任者とし、取締役川口喜治が個々の土地所有者との具体的交渉を担当することとして、関係地主との間で右予定地の買収交渉にとりかかつた。

二  そして、リキ観光は、用地の買収に当つて、売買価額は畑を一反当り金五五万円、山林は一反当り金一九万五〇〇〇円との方針で関係地主との交渉をしたが、関係地主から、右価額で土地を売却してもその後に右価格より高額で売却する者が現われると不公平であるとの指摘がなされ、さらに関係地主の中には、土地を売却しても多額の譲渡所得税を徴収されるのでは買収に応じたくないと主張する者もいたため、リキ観光は、将来右の価額より高額でゴルフ場予定地を買収した場合には、前記価額で売り渡した者に対しても、売買価額を右価額まで増額すること、および多額の税金の納付を免れるため、真実の売買価額より低額の売買価額による虚偽の契約をし、関係地主は右契約に基づいて納税の報告をするが、仮に税務官庁から真実の売買価額に基づく税金を追徴されるに至つた場合には、右契約に基づいた税額と実際の納付額との差額をリキ観光が負担することとして、交渉を進めた。

三  被告は、右ゴルフ場予定地内に本件土地を含む別紙物件目録(二)記載の土地を所有していたところ、リキ観光は、右第二項記載の方針に基づいて被告と右土地の買収交渉をした結果、昭和三八年八月二日ごろ、被告との間で左記約定の売買契約(以下、本件売買契約という。)を締結した。

1  売主・被告 買主・リキ観光

2  目的物 別紙物件目録(二)記載の土地

3  売買価額

山林 一反当り 金一九万五〇〇〇円

畑(登記簿上の地目が畑のものと現況が畑のものを含む。)

一反当り 金五五万円

4  本件売買契約締結後に、買主が右ゴルフ場予定地を右売買価額以上の価額で買収した場合には、本件売買価額も右価額まで増額する。(以下、代金増額の特約という。)

5  税務対策上、本件売買契約の目的物の価額は、畑を一反当り金三万円、山林を一反当り金一万二〇〇〇円とし、売主はこれに基づいて納税の申告をするが、税務官庁が真実の売買価額を知り、これに基づいて賦課、徴収をした場合には、前記売買価額に基づいた場合の税額と実際の納税額との差額は買主において負担する。

(以下、税負担の特約という。)

四  その後、リキ観光は、代表取締役の百田光浩(力道山)が死亡したこともあつて、経営状態が悪化していつたため、昭和四〇年初め、開成商事(昭和四〇年二月設立)から、買収済のゴルフ場予定地を担保にして約金六〇〇〇万円の融資を受けたが、右融資金の返済が困難となつた。そこで、弁済の手段として(開成商事からみれば融資金回収の手段として)、昭和四〇年四月一七日、開成商事および吉見開発との間で別紙物件目録(二)記載の土地を含む不動産等の売買および債務引受契約を締結した。

五  そして、開成商事は、昭和四一年一二月二七日、吉見開発の同意を得て別紙物件目録(二)記載の土地を原告に売り渡した。

以上の各事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

第二本件売買契約の締結に際し、代金増額および税負担の各特約がなされたことは前記認定のとおりである。そこで、被告の抗弁第1の右特約に基づく同時履行の主張について検討する。

一  代金増額の特約に基づく同時履行の主張について

1(一)  証人山口喜治の証言および被告本人尋問の結果によれば、鼠坂部落の関係地主が、リキ観光に対し、本件ゴルフ場予定地として畑を一反当り金六〇万円で売り渡した事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。しかし、本件全証拠によるも、右の他にリキ観光が本件ゴルフ場予定地を本件売買価額以上の価額で買収した事実を認めるに足りる証拠はない。

(二)  そうすると、被告は、リキ観光に対し、代金増額の特約に基づいて、畑につき一反当り金五万円の割合による売買代金の増額分の請求権を有するものというべきところ、被告がリキ観光に売り渡した畑は、合計一町四反一畝一四歩であるから、代金増額分は合計金七〇万七三三三円となる。

2  もつとも、成立に争いのない甲第九号証の一によれば、訴外山口藤次郎は、開成商事に対し、その所有の山林を一反当り金五七万円で売り渡したことが認められるところ、被告は、開成商事がリキ観光から、その一切の権利義務を重畳的に承継し、あるいは、リキ観光の右特約上の債務を引き受けたことを主張し、また、本件におけるリキ観光と開発商事の関係から、開成商事の行為をリキ観光の行為と同視すべきである旨主張する。

なるほど、証人関川清一、同山口喜治および同小島喜三郎の各証言ならびに前掲甲第四号証および右山口の証言により成立の認められる乙第二二・第二三号証によれば、開成商事は、当初、リキ観光が計画していたゴルフ場の建設および観光開発の継続を目的として設立され、設立直後に、リキ観光に対し、リキ観光が買収したゴルフ場予定地を担保にして約六〇〇〇万円という多額の融資をしたうえ、融資金の回収という名目の下に、吉見開発と共同でリキ観光が予定していたゴルフ場の建設計画を完遂することを目的として、リキ観光との間で別紙物件目録(二)記載の土地を含む不動産等の売買および債務引受契約を締結したこと、開成商事は右のこと以外に何ら活動らしい活動をしていないこと、開成商事の代表取締役である関川清一およびその株式の大半を保有して実質的に開成商事を支配していた訴外W・E・チエニー(以下、チエニーという。)は、前記山口喜治に対し、数回にわたつて、開成商事がリキ観光の権利義務を承継したという趣旨のことを述べたこと、関係地主は、リキ観光に売却した土地の譲渡所得税の納付に際し、税務官庁から実際の売買価額に基づいて課税されたため、リキ観光および当時既にゴルフ場予定地の譲渡を受けていた開成商事に対し、税負担の特約の履行を求めて種々の交渉をした結果、とりあえず昭和四一年一〇月三一日に山口喜治が津久井郡農業協同組合(以下、津久井農協という。)から金一三〇〇万円の借入をして税金の支払に充てることとし、右チエニーが右借入金の連帯保証人の一人となつたこと、その後昭和四三年三月ごろ、関係地主の代表者四-五名が地元の小料理屋「おとき」において前記関川清一に対し、他に本件売買価額より高額でゴルフ場予定地を売却した者がいるとして、代金増額の特約および右借入金の返還を含めた税負担の特約の各履行などを要求した際、右関川が自己の責任で解決する旨言明したこと、をそれぞれ認めることができる。そして、右認定事実によれば、リキ観光が経営に行き詰つたため、リキ観光の事業を引き継ぐことを目的として開成商事が設立され、その結果、開成商事がリキ観光の事業の包括的承継もしくはリキ観光の代金増額の特約上の債務の引受をしたのではないかとの疑いもある。

しかし、他方、証人関川清一の証言および前掲甲第四号証ならびに弁論の全趣旨によれば、リキ観光は、開成商事および吉見開発との前記売買および債務引受契約締結後も存在していること、開成商事がリキ観光に対して融資したのは、リキ観光が代表取締役百田光浩の急死という当初予想もできなかつた突発的事情のために経営に行き詰つたからで、必ずしも本件土地を取得するための計画的なものとはいえないこと、リキ観光と開成商事および吉見開発が前記売買および債務引受契約に際して作成した契約書(甲第四号証)には、売買の対象となる不動産等の資産および引き受けるべき債務が具体的に特定して記載されているが、右引受けるべき債務の中には代金増額の特約上の債務が全く入つていないことをそれぞれ認めることができ、右事実および一般に何の制限もなく包括的に他人の債務を引き受けることは極めて稀であるという経験法則に照らせば、前記認定の事実から直ちに開成商事がリキ観光の権利義務の一切を承継し、あるいは、リキ観光の代金増額の特約上の債務を引き受けたものと推認するのは困難である。また、前記認定の事実が存するからといつて、リキ観光と開成商事との間に、開成商事の行為をリキ観光の行為と同視し得る程緊密な関係があつたとは認め難いし、その他に、前記の被告主張事実を認めるに足りる証拠はない。したがつて、被告は、開成商事が本件売買価額以上の価額でゴルフ場予定地を買収しても、これをもつて、リキ観光に対する代金増額の特約に基づく同時履行の抗弁の理由とすることはできないものというべきである。

3  そこで、被告のリキ観光に対する前記代金増額分の支払請求権をもつてする同時履行の抗弁の当否につき考えるに、被告のリキ観光に対する右代金増額分の支払請求権は、結局は本件売買契約に基づく代金請求権の一部であるから、これと本件土地の所有権移転登記手続および占有移転義務とは、本件売買契約という一個の双務契約から生じたものであつて、互いに対価的な意義を有するものというべきであり、したがつて、この点に関する原告の主張は、当裁判所の採用しないところである。また、原告が本訴において所有権移転登記手続および占有移転を求めているのは、本件土地一筆についてのみであるが、先に認定したように、本件売買価額は、被告が売り渡した畑の一筆ごとにその個性に応じて決定されたものではなく、種々の個性を有していたであろう畑全体につき、その全体を平均して一反当り金五五万円と決定し、かつ、売買代金増額の特約がなされたのであるから、このような場合には、たとえ所有権移転登記手続および占有移転を求められている土地が本件売買契約の目的物の一部であつても、売主である被告は、その全部に対する前記の増額にかかる残代金である金七〇万七三三三円全額との引換給付を主張して、その履行を拒絶することも許されるものと解するのが相当である。

二  税負担の特約に基づく同時履行の主張について

右特約につき、被告は単なる売買代金増額の特約である旨主張し、原告は、脱税に加担する契約であるから、公の秩序に反する無効なものである旨主張するのであるが、既に認定したように、本件ゴルフ場予定地の買収交渉に際し、関係地主の側から、多額の税負担を理由に売却を控えようとする意見も出されたため、リキ観光がその要望に応じる形で右特約を締結するに至つたものであるから、単なる売買代金増額の特約というものでないことは明らかであり、本来法の定めるところに従つて負担しなければならない諸税の納付を免れることに加担する特約であると認めるのが相当である。そうすると、右特約は、公の秩序に反し、無効であるといわなければならないから、右特約に基づく請求権の存在を前提とする被告の同時履行の抗弁も理由がないものというべきである。

第三次に、被告の抗弁第2の主張について検討する。

証人山口喜治、同幼方英男の各証言および被告本人尋問の結果によれば、ゴルフ場予定地を開成商事から買い受けた原告が、昭和四五年ごろ、相模湖町の町民集会所において、今後の土地の利用方法を関係地主に対して説明するとともに、その協力を求めるための説明会を開催した際、原告を代表して出席した原告の社員が関係地主に対し、リキ観光の事業を承継していくという趣旨の説明をなしたことおよび原告は、関係地主のうち、リキ観光に売り渡した土地が農地であつたため従前リキ観光に対する仮登記しかしていなかつた者に対し、農地法第五条所定の農地の転用許可申請および仮登記に基づく本登記手続をなすについての協力を求めるため、いわゆる判こ代として、畑一坪当り金一五〇〇円の割合による合計金五九二七万一四八〇円の支払をなしたこと、右金員のうち金一三〇〇万円が昭和四五年六月三〇日に前記山口喜治の津久井農協からの借入金の返済に充てられた事実をそれぞれ認めることができる。しかし、右協定の集会における原告社員の説明は、単に今後の交渉をなすに当つての社交儀礼的挨拶に過ぎないものと考えるのが弁論の全趣旨に照らして相当であり、右認定の各事実から直ちに、被告主張の原告がリキ観光の義務を承継する旨約したという事実を推認することはできないものというべきである。そして、その他に右被告主張事実を認めるに足りる証拠はない。したがつて、被告の抗弁第2の主張は、その余の判断をするまでもなく、理由がないものといわなければならない。

第四そこで、原告主張の再抗弁につきさらに判断するに、原告は、被告が昭和四二年二月六日開成商事に対して本件各特約上の権利を放棄した旨主張し、証人関川清一の証言中には、右主張に副う部分もあり、また、成立に争いのない甲第二号証によれば、被告は、昭和四二年二月六日、開成商事に対し、当時登記簿上の所有名義が農林省のままとなつていた本件土地につき、被告に対する所有権移転登記が経由された場合には、開成商事に対し、何ら異議なく所有権移転登記手続をし、その他必要書類も代償を求めずに交付するという趣旨の記載をした念書(甲第二号証)を提出している事実を認めることができる。しかし、右念書は、それ自体明確に代金増額の特約を放棄するとの意思を表示してるものとは認め難いうえ、証人山口喜治の証言および被告本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨によれば、右念書は、本件土地について被告に対する所有権移転登記が経由された場合には、リキ観光との契約に従つて所有権移転登記手続をするという趣旨で、開成商事の代表取締役である関川清一が本文を記載し、これを前記山口喜治が右関川の依頼を受けて被告宅に持参し、被告から署名捺印をしてもらつて作成したものであること、その際、被告は、右山口との間で、右念書によつて本件代金増額の特約を放棄するものではないことを確認していることをそれぞれ認めることができ、右事実に照らせば、前記念書の存在から直ちに、被告が代金増額の特約をも放棄したものと推認することはできないというべきであり、また、証人関川清一の証言中の前記原告主張に副う部分は、証人山口喜治の証言および被告本人の供述に照して採用することができないし、その他にこれを認めるに足りる証拠はない。

第五以上説示したとおりであるから、原告の本訴請求は、リキ観光から被告に対して金七〇万七三三三円の支払がなされるとの引換えにこれを認容し、その余は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

なお、本件土地の引渡しを求める部分に関する仮執行宣言の申立は、本件事案に照して相当でないから、これを却下する。

(裁判官 倉田卓次 平手勇治 石田敏明)

(別紙)物件目録(一)

神奈川県津久井郡相模湖町若柳字上野山一〇四四番

山林 一反八歩(一〇一八平方メートル)

(別紙)物件目録(二)

一 畑(登記簿上の畑および現況が畑のものを含む。)

1 神奈川県津久井郡相模湖町若柳字上野山一〇四四番

山林 一反八歩(一〇一八平方メートル)

2 同所字原七九七番

山林 四畝二一歩(四六六平方メートル)

3 同所同字七九八番

山林 一反六畝(一五八六平方メートル)

4 同所同字八〇〇番

山林 一反四畝七歩(一四一一平方メートル)

5 同所同字八〇二番

山林 一反六畝一五歩(一六三六平方メートル)

6 同所同字八〇六番イ二

山林 一反三畝六歩(一三〇九平方メートル)

7 同所同字八〇六番ロ

山林 四畝二三歩(四七二平方メートル)

8 同所同字八〇七番イ二

山林 六畝二六歩(六八〇平方メートル)

9 同所同字八〇七番ロ

山林 九畝(八九二平方メートル)

10 同所同字八〇八番二

山林 一反六畝二歩(一五九三平方メートル)

11 同所同字八一九番

山林 一畝一歩(一〇二平方メートル)

12 同所字沢一〇八三番二

山林 三畝二五歩(三八〇平方メートル)

13 同所同字一〇八三番一

山林 四反九畝八歩のうち、二反五畝(二四七九平方メートル)

以上合計 一町四反一畝一四歩(一四〇二四平方メートル)

二 山林(登記簿上山林でかつ現況も山林のもの。)

1 神奈川県津久井郡相模湖町若柳字原八〇一番

原野 一四歩(四六平方メートル)

2 同所同字八〇四番ロ一

原野 三畝二歩(三〇四平方メートル)

3 同所同字八〇八番一

山林 六反四畝一歩(六三五〇平方メートル)

4 同所字沢一〇八二番

山林 三畝二一歩(三六六平方メートル)

5 同所同字一〇八三番一

山林 四反九畝八歩のうち、二反四畝八歩(二四〇六平方メートル)

6 同所字阿津西大通北一四三四番イ

山林 二反九畝二九歩(二九三八平方メートル)

7 同所同字一四三四番二

山林 一反二畝二二歩(一二六二平方メートル)

以上合計 一町三反七畝二七歩(一三六七二平方メートル)

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